「千鳥」(鈴木三重吉)

漱石「文鳥」とのつながり~幻想のような美しい作品

「千鳥」(鈴木三重吉)
(「百年文庫061 俤」)ポプラ社

「千鳥」(鈴木三重吉)
(「千鳥」)岩波文庫

夏に避暑に訪れて以来、
二度目となるある小さな島へ
やってきた「自分」。
逗留先の
小母さんの家に上がると、
夏にはいなかった
少女・お藤さんがいた。
彼女とは以前からの
知り合いのように
接することができた。
しかし彼女は二日後…。

昨日取り上げた夏目漱石「文鳥」
その作品中に登場する三重吉とは
本作品の作者・鈴木三重吉のことです。
気になって読んでみました。

ほとんど筋書きのようなものは
存在しません。
まるで日記です。
再訪した島の逗留先にいたお藤さんが、
二日後にはいなくなった。
ただそれだけです。

「自分」はお藤さんを失ってはじめて、
自分の恋心に気付きます。
「いっしょにいる間は
 別に何とも思わなかったけれど、
 こうなってみれば、
 自分は何かしらあなたを
 いじらしく思うとくらいは
 言っておきたかったような
 気がする。」

お藤は手紙すら残しませんでした。
代わりに「自分」の抽斗には
「緋の紋羽二重に紅絹裏のついた片袖が、
八つに畳んで
抽斗の奥に突っ込んであった」。

「よその伯父さんが
連れに来たんだ」という
子どもの話のみで、
なぜ連れて行かれたのか、
どこに連れて行かれたのか、
詳しい事情は
まったく書かれていません。
作品中では「自分」が意図的に
家人とお藤さんの話を
避けることにした胸中が
書かれています。
察するに、お藤は急に
縁談がまとまったのでしょう。
「自分」はそれを想像しながらも、
それを認めたくなかったからこそ、
その事情を一切
知ろうとしなかったのではないかと
思うのです。

さて、そう考えると漱石の「文鳥」と
なにやら通じるものがあります。
「文鳥」も漱石が一緒に生活していた
女性・日根野れんとの
恋心から生じたであろう作品です。
れんが結婚したとき、
漱石は20歳。
本作品の「自分」と同じ年齢です。

三重吉は処女作である本作品を、
献呈のつもりで漱石に送り、
激賞されています。
1906年のことです。
漱石の「文鳥」執筆は1908年。
漱石が三重吉の本作品から
何らかの刺激を受けたことは
十分に考えられると思うのです。

僅か二日間の邂逅。
「自分」はお藤さんを、
正確には自分の二日間の
思い出の中のお藤さんを、
自分の記憶の中に封印するのです。
「袖を畳むとこう思う。
 この袂の中に、十七八の藤さんと
 二十ばかりの自分とが、
 いつまでも老いずに
 封じてあるのだと思う。
 藤さんはいつでもありありと
 この中に見ることができる。」

幻想のような、美しい作品です。

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※「文鳥」に登場する
 「三重吉の小説」とは
 本作品のことではなく、
 「鳥」という作品なのだそうです。
 探しているのですが、
 まだ出会うことができません。

(2019.10.16)

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【青空文庫】
「千鳥」(鈴木三重吉)
「文鳥」(夏目漱石)

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